2026年2月4日(水)から6日(金)にかけて東京で開催された、英国王立工学アカデミー(Royal Academy of Engineering, RAEng)主催の Frontiers シンポジウム “Artificial Intelligence (AI) at the crossroads of impact, sustainability, and responsibility” において、研究代表者の稲邑がセッション3「Education in the age of AI」のセッションチェアを務め、2月5日(木)に “Designing AI for Learning When Values Conflict: From Cost-Performance to Self-Efficacy and Agency”(価値が衝突するときの学習支援AIの設計 ― コストパフォーマンスから自己効力感と主体性へ)と題する招待講演を行いました。
Frontiers は、RAEng が世界各地で開催している招待制の分野横断シンポジウムです。今回は科学技術振興機構(JST)との共催により日本で開催されました。全体テーマは「Responsible AI」「Efficient and Sustainable AI」「Education in the age of AI」の3つのサブテーマで構成され、工学分野に限らず多様な分野・セクターの研究者と実務家が世界各国から集まりました。シンポジウム全体のチェアは Maja Pantić 教授(Imperial College London/NatWest Group)と柴田 智広 教授(九州工業大学)が務めました。
稲邑が担当したセッション3「Education in the age of AI」は、Ojoma Ochai 氏(Co-creation Hub (CcHUB) Africa、ナイジェリア)、Tim Coughlan 教授(The Open University, Institute of Educational Technology、英国)と稲邑の3名が共同でチェアを務めました。
講演の要旨
AI は急速に教育の現場へ入り込んでいますが、その「質」はしばしば正答率・テストの点数・削減できた時間といった短期的な指標に還元されてしまいます。しかし実際には、AI を用いた学習システムの質とは、学習者・教員・開発者・教育機関・社会という複数のステークホルダーがそれぞれの価値観に基づいて下す判断であり、それらは正当に対立しうるものです。学習者が「良い支援」と感じるもの(自律性、自信、動機づけ)は、教員が重視するもの(公平性、説明責任、業務負荷)や、教育機関が最適化しようとするもの(スケーラビリティ、費用対効果、測定可能な成果)と必ずしも一致しません。AI に対して責任性(倫理・包摂性)と持続可能性(エネルギーや資源の制約)が同時に求められるとき、この緊張はいっそう際立ちます。
本講演では、こうした状況に対して「視点を明示した評価(perspective-aware evaluation)」という実践的な枠組みを提案しました。すなわち、(1) ステークホルダーと、彼らが教育の質を判断する際に用いる価値観を洗い出すこと、(2) 短期的な効率と、自己効力感や主体性といった長期的な発達の成果とを分けて扱うこと、(3) トレードオフを暗黙の前提のままにせず、設計上の意思決定として明示すること、の3点です。そのうえで、この視点を JST CREST「Self-Mirroring Twins」と結びつけ、学習者に適応しながらも自律性を保ち、持続的な動機づけを支える AI をつくるための中核的な設計目標として「価値の整合(value alignment)」を位置づけました。
セッションの構成
セッションは、3名のチェアによる講演に続いて、参加者が10のテーブルに分かれる形式で進められました。各テーブルは「高等教育の学生」「中等教育の生徒」「中等教育の教員」「大学教員」「デジタルツールをほとんど使わない職場で学び続ける社会人」「デジタルツールを使う社会人」「教育テクノロジー企業」「産業界の雇用主」「初等教育の学校長」「大学の管理者」という異なる立場を担当し、その立場にとっての「良い AI」とはどのようなものか、そのために教育はどうあるべきかを議論しました。稲邑は最後の全体討論と総括を担当し、立場ごとに異なる価値判断をどのように突き合わせるかという論点を整理しました。
Frontiers シンポジウムでは、会期後に参加者間の新たな国際共同研究に対するシードファンディング(1件あたり2万ポンド)が用意されています。本シンポジウムを通じて生まれた分野・地域を越えたつながりは、SeMT が目指す学際的な研究コミュニティの拡大につながるものと考えています。
